タイトル | : あられふる鹿島 |
記事No | : 1964 |
投稿日 | : 2010/10/15(Fri) 20:38 |
投稿者 | : toja |
いつも興味深く拝見しています。 あられふる鹿島、の解釈についてですが、貴サイトを読んでいるうちに思うところができたので述べさせてください。
常陸国風土記で行方(なめかた)の由来を説明する段において現原(あらはら)の地名が見え、 アラレフルは、この「あらはら」に掛けたもののように思います。
茨城県の鹿島付近の特徴的な地形といえばやはり霞ヶ浦ですが、風土記の時代には、 海とつながった内海であり、鹿島付近は、北から南に伸びる半島であったようです。 この地形は、現地語で「片島」、つまりar+hurのように呼ばれ、これが音写で「あらはら」、 翻訳で「片島」と呼ばれ、これがカシマとなったのではないでしょうか。 「あらふる」は「アラレフル」と洒落られ、今度は、「アラレフル」が現地語に直訳され、「kawkaw+as」からカカセオとなった。 カタシマ→カシマが可能かどうか不明ですが、貴サイトの解釈のように「kawkaw+島」なのかもしれません。 なお、現在も付近に荒井、荒地、荒宿、青山、半原の地名が残っています。
アラレフルが掛かるもうひとつの語「遠江」ですが、遠江を、浜名湖ではなく三河湾と考えると興味深い点があります。 同様に「知多半島」を表すのではないかと考えられるからです。 知多半島は、「鹿島半島」と同規模であり、地名として片名、半田、青山があります。荒熊神社なる神社もあります。 三河湾に面する蒲郡市には形原・鹿島などの地名があり、いずれも地名の古さは不明ですが興味を引きます。 知多半島の「常滑」も、「常陸」との関係で無視できないように思います。
ご検討いただけましたら幸いです。
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