カガナベテ
軽井沢・碓氷・足柄など
orig: 96/12/20
rev1: 2000/10/28 uhuy=usuy?

紀記共に景行天皇のところで、ヤマトタケルの歌が紹介されてます。

ニイバリ ツクバヲ スギテ イクヨカ ネツル
 新治  筑波 を 過ぎて 幾 夜か 寝つる、

との問いかけです。 これに対して御火焼老人(古事記)が返答を歌って曰く

カガナベテ ヨニハ ココノヨ ヒニハ トヲカヲ
日々並べて 夜には 九 の夜 日には 十 日を、
と歌い、ヤマトタケルは、その老人の功績を讃えて、「東の国造を給う」(古事記) とあります。

場面は、古事記では足柄から甲斐に出た処で酒折宮と云う処、 日本書紀では日高見国から常陸を経て甲斐の国に至り酒折宮で、となっています。 書紀ではその後、武蔵・上野を通って碓日坂に行きます。

これに就いて2、3面白いと思った事を述べてみたいと思います。

1.最近読んだユーカラにも日数経過の表現として(出典:アイヌ叙事詩ユーカラ集 II 金成まつ筆録、金田一京助訳注 p116/117 三省堂)

tokap rerko   日三日   
kunne rerko   夜三夜    
chiukobishiki  併せて   
noiwan rerko   六日     というのがあります。

ここで面白いのは、三日+三夜=六日、とする表現があり、金田一さんの翻訳でも「六日」としてあります。普通は三日三晩なら、三日ですが。。。実は、6、は聖数とか、単に多数の意味に使われる事が多いようです。しかし、三日三晩=六日、と云う(仮に長く続いている誤解だとしても)把握の仕方が、良く話題になる、2倍歴の根底にあるのかなぁ、と想像してます。(他にも、夏のx年、冬のx年、と云う言い方もある。)

2.次に良く判らなかったのは、ヤマトタケルが、あれから何日経ったんだ、と問ったに対して「9泊10日でした」と云っただけで、国造職にありつけるんかなぁ、と不思議でした。ところが、9夜、10日、をシャレてみると、

   kokono-kunne towo-tokap
和語で アイヌ語で 10 昼  

となり、この御火焼老人は返事する中に、和語と夷語の語呂併せを包含して、誠に才覚溢れる返答をしたのではないでしょうか。それなら、両言語に通ずるこの老人を辺境の国造に据えたヤマトタケルの人事も良く判るような気がします。

3.酒折宮の前行程なのか後行程なのか、足柄なのか碓日坂なのか、紀記で食い違ってますが、どうも「足柄」と「碓日」は同義なのではないか、と思われます。

先ず、足柄を asi kar、「立っている・火を起こす」辺りの意味に捉えて置きます。「碓日」の「日」は、奈良朝の8母音説から行くと「火」とは異なる音ですが、何らかの事情で日も火も同音だったかもしれません。何らかの事情、とはこの語が奈良朝の和語ではなかった、ということかも。

「碓日、碓氷」が「火」とつながりそうなのは、松井田市の南、妙義町との境近くに「気佐石神社」があることです。

kisa とは、火を起こすことを云います。つまり、この神社名は火きり石、火燧石、のように読めます。

それで、足柄も碓日も「火を起こす」と云う共通の意味に遡れるのではないかと愚考してます。そうすると、「火焼老人」の登場もスンナリして来ます。

4.酒折宮の前なのか後なのか、足柄なのか碓日坂なのか、紀記で食い違っているに関して、神奈川県の足柄峠の南南東7KMにも「碓氷峠」があります。場所は、箱根町宮城野で、その脇を流れる川が「火打沢」、この沢は「火打石岳」に発しています。

ご本家(?)長野/群馬の碓氷峠も「気佐石神社」(kisa, 火を起こす)とのセットが考えられ、「氷」=「火」、よって、東国では「ヒ」に甲乙の別が無かった、なんて発展も出てきそうです。

5.箱根の「碓氷峠」の地名としての古さを調べる必要有り、と思ってましたら、吉田東伍や、もう一つの(正確な書名失念)地名辞書で、ヤマトタケルが通った碓日坂が神奈川県のものか長野/群馬県境のものかに就いては古来議論されていて結論が出てない、とあり、検討に値する問題点ではあることが判りました。

6.なお、「ウスイ<ウスヒ」に対する比定アイヌ語として、uhuy=燃える、が良さそうに思えます。(尚、樺太方言は hukuy:服部四郎の「アイヌ語方言辞典」による」)

uhuy と usuy が同語である、と考えるについて:

  • sとhの交替の例として知里真志保「アイヌ語概説」P19に、senne=henne, semash-hemash, semkorachi=hemkorachi があります。
  • puy = suy = 穴、という例があり、それなら upuy=usuy とはなりそうで、これを更に=uhuy としてみたのですが、どうも無理そうで再考中です。何故ならアイヌ語でpとhは明らかに別の音韻で混同の事例が見つからないからです。
  • その代わりにsとhの直接的な混同・通用の例を探し上記を見つけたものです。
  • (2000/10/28改訂)
  • これらから uhuy=燃える=usuy=ウスヒ、が可能に思われます。(usuyなら「ウスイ」ではないか、何故「ウスヒ」なのか、に就いては古来二重母音を嫌った日本語の言語習慣、とでも考えておきます。)

    これと、地名セット(ウスイと火起こし)と「火焼老人」登場の併せ技で考えています。


    「火打石」のことはアイヌ語でなんて言うのでしょうか? というお問い合わせを受けました。

    kar-suma 火を作る・石 で 萱野さんの辞書では、火打ち石、白い珪石、とあります。

    中川裕さんの辞書では、kar-op の項に kar=火打ち石 o=〜にある p=もの、として kar だけで火打ち石と解しています。なお、karop では、中川さんは男性が山へ猟にに行くときに大事なものを入れて持って行くための入れ物、萱野さんは、火起こし用具入れ、火打ち用具入れ、としてます。(各地にある「家老川」「賀老川」はこれかもしれません。)

    そういえば、ヤマトタケルも倭姫から授かった嚢(ふくろ)から火打ち石を取り出してます。。。(景行記)

    kar 火打ち石、から各地の「軽井沢」の「軽」がこれに関係ないか、地図散歩に行ってきます。


    orig: 97/01/22

    「kar 火打ち石、から各地の「軽井沢」の「軽」がこれに関係ないか、地図散歩に行ってきます」と年末に宣言してから、トボトボと地図上を「歩いて」来ましたのでご報告します。

    「軽井沢」って結構あちこちにありました、でも、秋田/岩手から静岡まで、(和歌山は「?」)みたいです。この範囲外にもあるようでしたら、お教え頂ければ幸いです。

    まぁ、意識して、つまり、「カガナベテ」の歌を発端に、「軽井沢」と「碓氷峠」が「火」に絡んでいないか、との意識をして調べましたので、それ相当のバイアスの掛かった調査ではありましょうが、結論としては、そこそこ関連がありそう、との感触が得られたと思えます。

    ご本尊(?)の長野・軽井沢の近隣地名と比較してみて下さい。 「E 2」などの表記で「東へ2KM程の処に」を意味します。

    長野・軽井沢E 2 碓氷峠/湖 南隣が御代田町、(北)佐久郡、佐久市(sak=夏)、閼伽流山、小諸市に耳取(中軽井沢駅からだとSW15)(耳=kisar,kisa=火起す)浅間山(asam=底、ma=焼く)、東隣が松井田町、そこに梨子ノ木、高梨子、気佐石神社
    神奈川・足柄峠 SE 7 碓氷峠、火打沢、火打石岳(箱根町宮城野)
    秋田・大内町・軽井沢 SE15 薄井、耳ノ取 SE10 釣瓶山 NW10 八木山峠 夏見沢(大森町)
    秋田・矢島町・軽井沢 SE 8 次記の軽井沢
    秋田・羽後町・軽井沢 至近に、八木山、梨ノ木峠、田代 S 18 大火山
    秋田・藤里町・薄井沢 S 7 薄井、NW15 焼山、N 20 冷水岳、釣瓶落峠、田代岳
    秋田・大館市・軽井沢 NW 7 柄沢、SW10 焼山、糸柄沢、柄井沢、夏焼
    秋田・比内町・柄井沢 SE2 夏焼、姥ケ嶽 NEE4 焼山 SEE6 夏井
    岩手・安代町・軽井沢 SW 4 松木田、E4 田代平、田代山 SW20 安比岳、その西10KMに焼山、夏間木(西根町)
    山形・大江町・軽井沢 SW 6 田代山
    山形・西川町・軽井沢 SE 8 田代山(同上の),NW15 焼休山,N 26 火打岳(遠いな)
    宮城・花山村・軽井沢 E 4 碓沢、SW 4 田代、
    福島・福島市・軽井沢 摺上川上流
    福島・柳津町・軽井沢 SW10 八木沢、SE 8 赤留峠 (cf.閼伽流山in長野・佐久市)
    静岡・函南町・軽井沢 N 16 碓氷峠、火打石沢/岳(これらは箱根町宮城野)N 1 田代、SW 3 冷川
    和歌山・南部・軽井川 NE 6 福井 (cf. uhuy 燃える、の樺太方言が hukuy)
    こんなことから、ヤマトタケルが足柄(kar=火を起こす)坂本の後か、碓日(uhuy=燃える)坂に行く前に立ち寄ったとされる甲斐の酒折宮で、「御火焼老人」が、詠んだという「カガナベテ」の歌の周辺にアイヌ語で理解できそうな背景のあることが認められるように思われます。

    また、上記のリストの様な地名を命名した人達が同一言語の使い手ではなかったか、との想いも強くします。


    熊谷秀武さんが、97/01/26に上記の記述を表に作って下さったので、下記に収録させて頂きます。その後、更に2ヶ所が見つかり、○印で追記してあります。

    
          ┌────────────┬─┬─┬─┬───┬─┬─┬─┬─┐
          │カ=火=キ=ヤ=火=アピ │ウ│タ│ナ│夏=サ│ツ│ア│冷│耳│
          │ル 打 サ キ   アサマ │ス│シ│シ│  ク│ル│ガ│  │  │
          │  石 石     フクイ │ │ロ│ │   │ベ│ル│  │  │
                ├────────────┼─┼─┼─┼───┼─┼─┼─┼─┤
    長野・軽井沢│◎   ◎     ◎ │◎│ │◎│  ◎│ │◎│ │◎│
    秋田・大内町│◎     ◎     │◎│ │ │○  │◎│ │ │◎│
    秋田・羽後町│◎     ◎ ◎   │ │◎│◎│      │  │  │  │  │
    秋田・藤里町│      ◎     │◎│◎│ │   │◎│ │◎│  │
    秋田・大館市│◎     ◎     │ │ │ │◎    │  │  │  │  │
    岩手・安代町│◎     ◎   ◎ │ │◎│  │○    │  │  │  │  │
    山形・大江町│◎           │ │◎│  │      │  │  │  │  │
    山形・西川町│◎ ◎   ◎     │ │◎│  │      │  │  │  │  │
    宮城・花山村│◎           │◎│◎│  │      │  │  │  │  │
    福島・福島市│◎                     │  │  │  │      │  │  │  │  │
    福島・柳津町│◎     ◎     │ │ │ │   │ │◎│  │  │
    静岡・函南町│◎ ◎         │◎│◎│ │   │ │ │◎│  │
    和歌山・南部│◎         ◎ │  │  │  │      │  │  │  │  │
                ├────────────┼─┼─┼─┼───┼─┼─┼─┼─┤
                │12 2 1 7 1 1*3 │5│7│2│3  1│2│2│2│2│
                └────────────┴─┴─┴─┴───┴─┴─┴─┴─┘
    
    

    「耳」のついた地名を拾ったのは、耳 = kisar なので、火おこしの意味の kisa と音が近いからです。

    タシロ<toy(土・畑)+sir(山)で、土山≒禿山か、とか、阿迦流=a+kar として、カルに入れるべきか、なんかを考えてみます。

    kisa の意味は本来は「穿つ」(萱野)、「こする、こすって火を出す」(知里、地名小辞典)なので、チ・キサ・ニ(我・こする・木>楡の木)などを使って火起こしするのが本来の意味だと思われます。ま、石(と金属)を「こする」ってのも語感がしっくりはしませんが、同じ結果(火を起こす)になるんで、キサ石、も大事なデータとして居ります。


    夏・焼、を直訳すると、sak-ma で、佐久間、になりそうですが、佐久間の近くに軽井沢を見つけていないので、まだお話してなかったデータがあります。

    静岡・佐久間町:
    最南端から南へ3kmに秋葉山、秋葉神社上社(春野町)、ご存じ火の神、カグツチの神社ですね。
    上社から8km南に下社(天竜市)、上社と下社の中間の西4kmに佐久(天竜市)。
    佐久間町の北境の北2kmに、夏焼(水窪町) なんてセットがある。
    新潟・白根市の「臼井」の周辺を調べてみると、
    阿賀野川の対岸に焼山(水原町)(その南東6kmに福井 hukuy=燃える)
    千唐仁(チ・カラ・ニ?)我・火起こす・木?
    西岸に戻って新津市に、秋葉、秋葉神社。(以上全て10km四方内)
    五泉市まで行くと、柄沢。村松町に、火の宮神社、夏針

    こんなセットにも注目してます。また、夏・焼と「姥」「山神」なんかも、相互に近在する傾向がありそうで、調査を続けています。


    常陸風土記に、都知久母(ツチクモ)・夜都賀波岐(ヤツカハギ)などとの語が出てきます

    最近読んだユーカラでは相手を蔑んで云うときに「土」 toy を語頭に付ける言い方があるのを知りました。又、「雲」を意味する kur が「人」をも意味するので「土雲」 toy-kur は、相手を軽蔑した呼び方、「土人」に相当することになります。

    悩んでいる(^_^)のが、「蜘蛛」の事を宗谷・樺太方言で、 hacikonkon、また、hacikonkom と云う(服部四郎編アイヌ語方言辞典)そうなので、「八雲」、という漢字表記との近似です。普通「ヤクモ」と読まれるこの漢字表記ですが、「八」を「ハチ」と読んで「ハチクモ」とも読めるので、興味をひきます。

    ヤツカハギですが、ふくらはぎ、の事を yontekkam,と云います。(上記方言辞典 人体の項 #141)

    「ヤツカ」と「ヨンテック」、y-t-k- が共通しています。この語、yon-tek-kam は i-om-tek-kam、と考えてよさそうで、その直訳は、「その・腿・手(枝)・肉」、になります。いささか違和感が残りますが、それに近い意味と思われます。

    即ち、ヤツカハギ、は yontekkam+和語のハギ、という合成語ではないでしょうか。


    然からば、景行40年紀に出てくる「七ツカハギ」はどうか。これもアイヌ語で解けなければヤツカハギも信じにくい、と云うことになるでしょうか。

    そうでもないのではないか、と思ってます。即ち、一旦、ヤツカハギ、に数字の「八」を当てて表記してしまうと、今度はその漢字表記を土台に造語が展開することが考えられるからです。

    例えば、耳垂で提示した、彌彌+彌彌那利のペアはこれを長官+副官と捉えると、肥前風土記の、大耳+垂耳、のペアと云う近いものが挙げられますが、更にこのペアに類似の名前が日本書紀では、鼻垂+耳垂、となっている。これなんかは、mimiという音は必ずしも「耳」を意味しなかったに関わらず、漢字表記を「耳」としたことからの類推造語で「鼻垂」を作ったのではないのでしょうか。

    ユーカラの一つ「蘆丸」に、エツラチチ(鼻がぶらさがっている)と云う名前を持った巨漢の悪役が出てくるのも興味を引く。

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