「千葉」の語源
九十九里・考へ

orig: 2013/02/20
rev1: 2014/06/22 写真追加・言い回し修正


何年も前(10年ほど前であろうか)にMinstrelさんから「千葉」の語源に関してお尋ねがあり私見を申し述べたことがあった。その内容が同氏のHPに掲載されていたのだが最近リンク切れになっているので、私のサイトでも掲げておく。(一部編集)
千葉の語源を考えるなら「網走」が参考になると思う。

一説:「網走(あばしり)」は、アイヌ語由来で、もともとは「チパシリ chipasir」と呼ばれていた(ここまでは良い)。その語義は「chi 吾・pa 見つける・sir 島(国)」である。「チ chi(ciとも書く)、意味は「吾」」は「a(吾)」と交代可能なので「a pa sir」に変化した、という説があった。

これに対して知里真志保氏(アイヌ語権威の言語学者)は「chipa」という語が、「inaw-san(幣・棚)」の古語であり「sir シリ」は「島」であるから「イナウを祀った島」ほどの意味である、としている。

これは、田村鈴子氏の辞典を見ても「inaw-cipa」に「幣(ぬさ)場」という意味を与えているので「チパ」は「イナウ」とか「幣」を祀る場所ないし棚の類である、と考えてよい。

つまり本来「チパ・シリ」で「イナウの・島」だったものが、上の一説では、「チ・パ・シリ」と誤分析され「吾・見つける・島」と誤解し、「チ」と「ア」を交換したものだ、と説いた。その誤解のもとに「ア・パ・シリ」という地名が慣行され和人には「あばしり」と把握され「網走」と宛字されたものだ。

過日網走で撮影した「チパシリ」(別名【カムイ・ワタラ(神の岩)】、現在日本語では「帽子岩」と呼ばれている。偶然にも「CHIPASHIRI」という名のクジラ観光船が横切った!

さて「千葉」はアイヌ語「chipa」(幣棚、幣)に因るものか、と考えるときこれだけでは語呂合わせや偶然に過ぎないかもしれない。他にアイヌ語の痕跡がないかと探索してみる。「ふさ(房・総)」は実はアイヌ語にも pusa(房)がある。

萱野茂の『アイヌ語辞典』では:
pusa 総(ふさ):束ねた何本かの糸などの先をばらばらにして飾りにした物.

田村すず子の『アイヌ語沙流方言辞典』では:
プサ pusa【名】[概/所][<日本語ふさ(房)]房かざり(刀のさやの)。☆参考日本語の「房」の形状はしていない。三角や四角の布のかざりが下げて(つけて)あるもので、刀の房かざりは、四角い布にししゅうし、つり紐の両すそにつけてある。ukopusakur/suypa kane ウコプサク/スイパ カネ [雅] 宝刀のつり紐のすそから下がっている房かざりがいっせいにゆれている。《Sユーカラ》☆参考 糸、紐やくさりで下げられた小さな玉やサイコロの形などの飾りは tumsi トゥム。 {E: a tassel on a sword etc.}

田村さんは、アイヌ語のpusaは日本語からの借用語だ、としておられるようだが、その根拠は不明である。日本語からの比較的最近の借用ならば husa として受け入れるのではないか。それとも上代日本語では「ぷさ」であったであろうから、それが借用された、と考えて居られるだろうか。

ここで「アイヌ民族博物館」サイトにある「イナウ」の写真をご覧頂きたい。

つまり「イナウのふさ」を感得頂けないであろうか。すなわち「千葉」も「房総」も「イナウ」に関わっている地名である、と。


「千葉」地名が行われた地は大まかには、中世の下総国千葉郡(今の千葉県千葉市中央区及びその周辺)のようだ。さすれば近隣の「稲毛」も inau-ke イナウを削る と解することができて、相互にアイヌ語起源を傍証しているようだ。

南房総の地名1
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