語順は言語類縁の根拠にならない

orig: 2000/02/02


語順が日本語のように、主語S,目的語O、動詞V、の順序になるもの(例:私は、パンを、食べる)をSOVと分類名をつけ、英語のように、(例:I eat bread.)主語S、動詞V,目的語O、となるものをSVO型と名づけています。

ま、そうやって分類しているだけなら良いのですが、日本語の親類(語族)を探すのにあたり語順に囚われた話が多いのにガッカリします。語順が同じだから関係が有るかもしれない、語順が違うから関係がない、というのは全く根拠の無いことだと思います。

所詮、S,V,Oの3種類の順列なら全部で6種類でしょうか、それしか無い。その中から、使われてない順列もありそうです。恐らくかなり不自然と思われるOで始まるもの(例:「学校、嫌いだ、俺」とか「会社、お前、辞めたんだ」)を除けば4種類でしょう。

世界中の言語を4種類ほどに分類して、さて、日本語と違う語順のものを排し、同じ語順のものだけに注目するとどういう事になるのでしょうか。この稿では、この点に就いていろんな本から抜書きしておきます。

日本語の起源:村山七郎・大林太良共著:弘文堂:昭和48年6月10日初版第3刷:p86
アメリカのJ・グリーンバーグが世界の30言語の語順を調べた。その結果
VSOベルベル、イヴリト、マオリ、マサイ、ウェールズ、サポテク
SVOフィンランド、フル、グアラニ、現代ギリシャ、イタリア、マライ、マヤ、ノルウェイ、セルビア、ソンガイ、スワヒリ、タイ、ヨルバ
SOVバスク、ビルマ、ブルシャスキ、チプチャ、ヒンディ、カンナダ、日本、ロリチャ、ヌビア、ケチュア、トルコ

この本では、前置詞の有無、名詞と形容詞の語順、名詞と指示代名詞の語順などにも触れてありますが省略します。韓国語やアイヌ語の語順が日本語の語順と同じことが書かれていませんが、日本と同じ語順のものも世界中に散らばっているのが判ります。

また、SVO型に現代ギリシャ語が挙げらていますが、古代ギリシャ語は必ずしもSVOではなかった(後で触れる予定)からでしょう。

つまり「(語順は)言語の親縁関係を究明する上に必ずしも有力な手がかりにならないと思います。」(村山)

日本語をさかのぼる:大野晋著:岩波新書911:p210
(南方諸言語に日本語と同じ語順の言語がみつからなかったが)最近に至ってパプアの中に日本語の母音組織と はなはだ近い母音組織を持ち、子音の組織も簡単で、かつ語順が日本語とほとんど一致する言語が発見された。その中の一言語であるウサルファ語・・・
つまり、南方には日本語と同じ語順の言語が無い、とされていたようだが、それはダメになった。この言語は江実さんが見つけたよし。

古代文字の解読:高津春繁・関根正雄著:岩波書店:昭和39年10月28日第一刷:p171
ヒッタイト文字を解読し、この言語が印欧語に属していることが判った端緒になった一文がある、即ち、
nu NINDA-an e-iz-za-at-te-ni wa-a-tar-ma e-ku-ut-te-ni。
語順を変えずに語彙の核だけを英語にすれば、
now BREAD eat water drink、
日本語に訳せば、
今や、パンを食べ、水を飲む、
ということで、このヒッタイト語と日本語とは語順が同じである。5,0000年前のアナトリア半島の言語である。

初等ギリシャ語文典:田中秀央著:研究社:昭和38年9月20日4版:P16
「ギリシャ語のように synthetical 言語にして inflexion の多い言語における語順は英語やフランス語などのような analytical 言語にして inflexionの少ない言語におけるよりははるかに自由であった。・・・大体から言えば語の順序は思想の順序に従うということになる。」(強調は著者)

そうして次に出てくる、ギリシャ語文を訳せ、という例題には、ローマ字に翻字するが、he lyra tas merimunais lyei というのがある。これは日本語語順どおりで、the リラ(七弦琴)は the 心配を 解消する、となる。上述のグリーンバーグが現代ギリシャ語をSVOに分類したが、古代ギリシャ語はそうではなかった。

なんだ同じ言語でも語順が変遷するらしい。また、ギリシャ語、英語、フランス語、ウェールズ語なんかは印欧語族に属することが十分に証明されているのに、構造的に決して同類項ではないではないか。

サンスクリット文法:辻直四郎著:岩波全書:1974年4月27日第1刷:P250
「名詞の変化・動詞の活用を豊富に備える言語の常としてサンスクリット語も語順に関して広範囲の自由を示す。散文では或る程度まで慣用の語順について述べうるが、詩においてはきわめて自由で・・・・重点を担う語が文頭に立ち、協調される語はその種類を問わず冒頭に進む。・・・主語は一般に文頭に立ち、動詞的述語は文末に置かれる。」
なぁんだ、日本語と同じじゃないですか。かといってサンスクリット語と日本語が親類だなんで誰も思ってない。

ことほど左様に語順で言語の系統を云々することが不毛だと思ってます。

ところで、上の例文ですが、「会社、辞めた、俺」は確かに文部省検定教科書やら一般新聞には普通には使われませんが、普通に使われない、ってことで、日本語はSOVなんだ、と考えちゃっていいんでしょうかねぇ。ギリシャ語(古代)なみに語順自由のような気がする。語の順序は思想の順序に従う、のが日常生活では普通のような気がします。


Homepage & 談話室への御案内
目次へ戻る