日本最北の延喜式内社

付録:常陸は何故ヒタチと読むのか
orig: 96/08/17
rev: 2010/06/11 「橘」考リンク

これは、96/08/17にニフティの歴史フォーラムでリトルジョンさんが紹介された 「日本最北の延喜式内社、志賀理和気神社(通称、赤石神社)」、 またそれから発展して「理訓許段神社」「氷上神社」に関する話題が出た際に調べたことなどを編集し、 その後の知見も加えてアップデートしたものです。
志賀理和気神社
「志賀理和気神社」が正式名称で、通称を「赤石神社」とするこの社は、 岩手県紫波郡紫波町桜町川原一、にあります。ここの祭神などは、下記のようになっています。(参考:神社本庁・神社名鑑)

祭神:経津主命、武甕槌命、猿田彦命、保食命、少彦名命、大己貴命、船霊命
末社:6社
神紋:16菊
本殿:流造り、6坪  境内:4755 坪
由緒沿革:坂上田村麿、東夷征討の折り、香取・鹿島の二神を勧請。仁寿2年正五位下、延喜式に列し、日本最北の式内社。

さて、この神社名には、「しがりわき」と読みかなが振ってありますが、「しかりわけ」と読む説もあり、まぁ、両者に近い読みだった、と思って置きましょう。「しかり」なんて、何の意味なのでしょうね? 例によって(?)アイヌ語で、なんとかなるのだろうか。。。(^_^) 

「しかり」と「わき(わけ)」と言う風に分けて考えて良さそうです。 si-kari =川の中で水の回流する所(アイヌ語地名小辞典)、と出ています。

まず、「わき」の方から考えて見ます。これは「わけ」とも伝えられており、人名などでは良く「別」とも書かれる、あの「わけ」であるように説かれますが、そうでしょうか。wakka=水、の訛なのか、それとも、アイヌ語で河川を表す pet ペツ(しばしばベツとも聞かれる)だったのを「別」と表記した事があって、それが原義が忘れられるにつれ、「わけ」と読まれるようになってしまったものでしょうか。

「しかり」は「回流」の意味ですが、「逆流」ではなく、蛇行している様子を意味していると思われます。それは、三日月湖を多数作った「石狩川」が「i-sikar」(大きな回流)と理解できるからです。

以上から、シカリベツは「回流する川」の原義だったのではないでしょうか。北上川に近接しているこの神社の名前にしては、良く適合するように思われます。

「シカリベツ」と言う地名・山名・川名が北海道に散見されます。(少なくとも、十勝支庁・河東郡・鹿追町、上川・上川・上川、後志・余市・仁木の3箇所に見つけました。)

次に、この神社の所在地、岩手県紫波郡紫波町、の「紫波」に就いて考えて見ます。北海道上川支庁上川郡上川町に「シバ山」という標高1483mの山があります。この山は後背の大雪山の山並から、大雪湖周辺の平地に飛び出してきているように窺えます。「シ」は「本当の、大きい」などの意味があり、「パ」には「頭・崎・かみて・川下」などの訳があります。北海道の「シバ」山がアイヌ語起源だとし、「紫波」も、和語では理解できそうもない(まさか、皺でもあるまいし)とすると、アイヌ語起源を考えて見たい地名です。

そして、このシバ山麓を流れるのが石狩川の上流で水源の石狩岳に達します。そうです、「イ・シ・カリ・ベツ」、です。石狩川はその曲流により多くの三日月湖を流域に残しています。「その・大きな・曲流する・川」、でピッタリします。

これの語頭の「イ」を外したのが「しかり・べつ→しかり・わけ」ではないでしょうか。


理訓許段神社

上記に引き続いて、岩手県の大船渡市にある尾崎神社の祭神が理訓許段神の話題が出て来たので、調べてみました。リクコタン、と読むようですが、素直に読めば、リクンコタン、でしょう。

北海道十勝支庁足寄郡にある陸別(りくべつ)は以前、淕別(りくんべつ)と書かれていたそうです。「別・ベツ」が既に「川」の意味ですが、陸別川、と言う川もあります。

即ち、「理訓許段神社」の「理訓」は「リクン」と読み、陸別、淕別と関連づけて考えるのがよいであろう、と思います。

「リクン」の意味をアイヌ語辞典(各種)から探ってみますと、「高い(所に)・属する」から「高地」と言った意味合いになろうかと思われます。「許段」はコタンで村とか郷の意味。合わせて、高所にある村、がリクンコタンの原義ではないでしょうか。


あと、「陸」で始まる地名を百科辞典の地図の索引で探してみましたが、長野県北安曇郡池田市に「陸郷」(<リク・コタン?)がありましたが、近在に「三郷」(<サン・コタン?)という 思わせわせぶりな地名がある以外、地名セットは見つかりませんでした。

 理訓許段
   氷上
シカリワケ


氷上神社
理訓許段神社も祭っている陸前高田市の氷上神社に就いてリトルジョンさんから次のようなお知らせがありました。

由緒:
延喜式内三社・国史所載社・気仙総鎮守 勅宣正一位氷上三社。
いつの祭祀か詳かではないが、上古よりの祭祀と伝えられている。気仙に官が設置以前より三峰に三社鎮座せられ、往古より郷民氷上山を信仰の聖地とし、三峰を霊峰と称えて尊崇した。

衣太手神社(東御殿)、登奈孝志神社(中御殿)、理訓許段神社(西御殿)三宮を総称し氷上三社と称す。

古記によると、氷上山はお山と称し山名を称さなかった。気仙郡に官を置くに当たり、始めて気仙山と名づけ、後に日の上山と改めた。暁光七彩の雲間より旭日昇天を拝しての尊称と思われる。

又、往古より山頂野火多く発生したが、三社付近で自然に消滅した。かくて火 伏の神徳垂れしものとして、日の神・火の神の音相通ずる『火の上』と改めたと も言われている。

参考:「気仙神社総覧」(岩手県神社庁気仙支部){修正:97/07/22}

ここに、既述の理訓許段神に加えて、衣太手神(キヌタテノカミ)、登奈孝志神(トナコシノカミ)、と言う名前が登場するので、調べを進めてみた。

三社の神名のアイヌ語による試訳・私訳です。
(参考:知里真志保著 地名アイヌ語小辞典、ほかアイヌ語辞典)

衣太手神社
キヌタテ:kinup-
ta-
te
芦野/泥炭地(を)
切/断/掘
{使役}
「茅(芦・萱)を切らせる」(萱刈場?)
「泥炭地を掘らせる」
いたて」との読みも可能であろう。但し「音音訓」が混在する。出雲や播磨に見られる「韓国イタテ神社」が想起される。
また、全部、音で読むなら「いたしゅ」であろう。但し意味は? i-ta-us? それをよく切る(処)?
音訓混在で良いなら「きぬたしゅ」もあり得る その場合、kinup-ta-us で「芦をよく切る場」となり訳は自然に思える。
登奈孝志神社:トナコシ:to-na-kus:湖/沼・の方へ・通る/渡る
理訓許段神社:リクコタ:rik-un-kotan:高地の・村

「日の神・火の神の音相通ずる『火の上』と改めたとも言われている」と有りますが、万葉仮名遣いでは、「氷・日」は「ヒ」の甲類ですが、「火」は乙類であり、相互に違う音であった、と言われています。ですから、もしこの漢字表記を 「改めた」のが万葉の時代だったとすると、この地方では8母音は行われていなかった、ということになるでしょう。しかし、漢字の変更が行われたのがもっと時代が下ったものならば、全国的に8母音は行われなくなったので、とやかく言う事は出来ない。

同様な議論ですが、『火の上』の「上(カミ)」の「ミ」は甲類、「神(カミ)」の「ミ」は乙類、とされています。

「ヒカミ」と言う地名を、世界大百科辞典の地図索引で見てみましたら、兵庫県氷上郡、 香川県三木市、島根県仁多郡横田の斐上、と今の主題の岩手の氷上、と4件だけでした。 この他にも、もっとある事でしょう。既に判っているだけでも、愛知県名古屋市緑区大高地区にも 氷上神社があります。これらの相互関連が何か引き出せると面白いと思っております。

まだ、大いに粗っぽいのですが、島根の横田町周辺と大船渡・陸前高田・気仙沼周辺 の似た地名を収集しておきました。

 島根の横田町周辺      大船渡・陸前高田・気仙沼周辺
  ------------------------------------------------------
 横田            横田                       
 船通山           大船渡           
 阿位川(ay=矢)          矢作川           
 城紲野(出雲風土記)     気仙沼           
 髪期里神社(風土記)    耳切山           
 遊記山(風土記、現烏帽子山 姥石峠           
          ゆき→雪=upas→ウバシ=姥石)   などです。

かねてより、「常陸」を何故「ヒタチ」と読むのか、と思っているのですが、cup-rik (日・高い)→cuk-rik (音便変化???)→トク・リク→トコ・リク→常陸、の可能性があるかな、と思い始めています。cup-rik→cuk-rik の変化は勝手に仮定した音便変化でして、今の所、事例・実例を挙げる事が出来ません。更に検討を要します。が、魅力有る仮説だとは思ってます。

太陽が上天に上がるのを「立つ」と捉えて和語に翻訳すれば「ヒタチ」となり、「高くなる」と捉えれば「日高(見)」につながってきます。「ヒタチ」「ヒタカ(ミ)」のいずれも、cup-rik、からの和訳なのではないでしょうか。

そうして行くと、「天の常立」「国の常立」などの神名も「日高見」と解釈出来る道につながりそうです。

別考:「橘」からのアプローチを上げました。


理訓許段
  氷上
  シカリワケ
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