少彦名の語義
スクナヒコ・2へ
ORIG: 2000/09/27
2000/11/05 語り口改修
2005/09/26 タガメ追記
2006/04/29 語り口補修

大国主と協同して国造りをした、という「スクナヒコ」(少名彦、少名彦名、少名毘古、などの表記がある)に就いてアイヌ語方面との関わりが少し見えてきました。


ユーカラに良く登場する英雄に ポイヤウンペという人(神?)があります。原語では pon ya un pe で「小さな・陸(こちら側)に・属する・もの」つまり「小さな・陸・の・人」という意味合いです。「陸」に対する概念は「沖」ですから、「小さな・沖(向こう側/外国)に・属する・もの」なら語彙としては pon rep un pe になります。但し、そういう人物の登場する話は未だ見たことがありません。pon の付かない、即ち、rep un pe とか rep un kur は「沖の人」つまり外国人は良く登場します。

さて「沖」=rep と「名前」=re の音の近似と、 un と us の意味範囲の重なりを勘案しますと、pon rep un pe =「小さな・沖人」は pon re us pe=「小さな・名前を・持つ・もの」、即ち「少名彦」と非常に近い語になります。

さて、このような想像(創造?)を検証してみましょう。


  • 古事記ではスクナヒコは「天羅摩船に乗って鵞の皮を内剥に剥いだ着物を着て」やってきました。
  • 日本書紀では「一人の小男がカガミの皮で船を作り、ミソサザイの羽を着物にして潮の流れのまにまに浮かんでやってきた」とあります。

船を描写している「羅摩」も「カガミ」も「ガガイモ」のことだそうです。「羅摩」とはガガイモの漢名、と広辞苑にある。
着物に関しては片や「鵞(鳥?)」(実は、?ヒムシ)片や「ミソサザイ」ですが、要するに、この主人公の小さな事を強調するための描写で何かの小動物のことでしょう。

さて、記紀の記事のキーワードをアイヌ語で見てみますと

記紀アイヌ語備考
ガガイモchituyrep千切れる・もの>皮が開裂する/はじけるから
ガガイモの小船chituyrep chippo 
ミソサザイchakchak (kamuy)鳴き声の擬声語だろう
はぜるchak例:chak-piyapa はぜる・稗
rap下のrupに近い
皮の衣rup上のrapと混同しうる。
潮・流れchiw 
浮かぶsuyerur ko suye=海・上・浮=漂う
これらの語彙から:この人(スクナヒコ)は chakchak rap (または rup)を着て chituyrep chippo に乗って chiw を suye してきた。(Chi-tuyre-p で chiw-ka-suye してきた、という語呂合わせに注意。また、chituyrep は chakする)ということになります。

そして、アイヌの伝説には既述のポイヤウンペの他にオキキルムイという人(神)がいます。この語は、o-kiki-ur-muy として「裾に・きらきらする・皮ごろもを・着る」と解釈されてます(知里真志保・全集2「呪師とカワウソ」p209)ここで「皮の衣」という共通点を見ることもできそうです。

この解釈ではこの神名から、kiki を析出して「きらきらする」を宛てていますが、「虫」=kikir で解くことも出来そうで、o-kikir-ur-muy ならば「裾に・虫の・皮を・着る」となり、上記で「」を採用する場合に良く合致します。(余談ですが、菊理姫を蚕につなげて、虫=kikir で解けないか、と思ってますがこの姫に関しての情報が少なすぎて検証が出来ません。)

この話も縄文物語の一つ! ってのはどうでしょ?

カガミとミソサザイじゃ日本語では全くつながりがないのに、アイヌ語だと、少なくとも同音反復になるし、語義を考えると同語(chak)が使われている。何か小動物の「羽」か「皮の衣」(この二語もアイヌ語だと rapとrupで間違い得る。日本語でなら「ハネ」と「カハ」は音の上での混同は考えられない。)を着ている、という共通点を抽出することも出来る。


古事記は続いて
    「(この人の名前がわからなかったのだが)久延毘古(カカシ)が知っていることを蛙が知っていて『少名毘古那神』ぞ、といった」
としてます。これの関連語彙を上げておきます。(一つの事に幾つか呼び方がありますが関係ありそうなものだけにしてます。)

ooat, owat, oatいずれも鳴き声から
けら(螻蛄)urmip皮を・着る・もの
けら(螻蛄)koyra=久延?
(カカシの関連から)片足oat-chikir音節の前半に蛙の鳴き声と同音あり。また kir に「知る」の意味もある。

けら(通称:おけら)は田の畦などの地中にいて苗の根をかじったり夜間地上で葉茎を害するそうです。だから「久延」毘古とは、おけら=koyraに悩まされる、のでkuye-毘古なのでしょうか。また、皮を着てるもの(けら)を良く知っている(kir)というのも「けら:kir」 という対比がとれる。そして片足(oat-chikir)のカカシのことは蛙(oat)が良く知っていた、と。

更には、このカカシのことを「曾保謄」(ソホド)という、と古事記にあります。アイヌ語で「跛行する」に hotu という語彙も採集されており、第一音節の「ソ」が未解明ですが、何か関連するのであろうか、と思ってます。(2000/12/17追記:古今集以下に「そほづ」とある、と。岩波頭注p109)


という状況証拠から、スクナヒコとは「小さな沖の人」(幼少な外国人)ではなかったでしょうか?また、オキキルムイの習合もありそうです。
別考をつづけます。
蛇足:2005/09/26にNHK-TVで「タガメが飛ぶ」という番組を見た。「タガメ(田亀)」は水生昆虫、肉食(蛙を補食している映像があった。)稲の茎に登り産卵する。稲の茎に登り体を乾かして飛び立つ、などを知った。上に加えて、粟柄から飛び立ったスクナヒコ、を連想した。タガメは北海道には居ないらしく、相当するアイヌ語もなさそうだ(少なくとも知里眞志保著『分類アイヌ語辞典・動物編』には出ていない。)

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