アイヌ語と縄文語の関係 |
これらの研究結果は「日本人には人種的に2種類観察され、ひとつは縄文人やアイヌ人に共通するグループ、もう一つが弥生人系のグループ」ということと理解されます。 |
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上記では、人種的な検討しか出来ていないわけで、例えば近世のアフリカ人がアメリカに渡って英語(米語)を話していることから、人種と言語が一致するのか、或は、北海道や東北北部に見られるオホーツク文化の影響を考えて、アイヌ語はオホーツク海沿岸地域の 言語と関係しないのか、が問題として残ります。 いずれ詳論したいと思いますが、言語に関しては、
逆に言えば、日本列島に、カムチャッカ半島系とかツングース系の言葉が行われていた痕跡は、はなはだ少ない(アイヌ語に残る samam シャーマン がツングース語だ、との話もあるようだが、これは今日の「テレビ」などと同様の「文化」語とも称すべき借用語であろう。) 次いで「文化」に関してなのだが、上にも触れたように文化の接触、影響があっても言語の大綱が変わらないことは例を上げることができる。明治以降、或は、戦後の日本に計り知れないほどの欧米文化が入り、それに伴い多数の借用語がはいったが、日本語の大綱は変わっていない。 このような考察から、縄文人が縄文語を使い縄文文化を列島に広めていった、という縄文時代の人、言語、文化の動きを総括してよかろう、と思っている。
繰り返すが、その伝播にあたり、縄文人にとっての異人種が列島にいたかもしれないし、(コロボックルとか。。。)それらを駆逐したのか、混血して融合してしまったのかはわからない。奈良・平安時代頃オホーツク文化が北海道(東岸)から入ってきたが、人種的な交代があったというデータは寡聞にして聞かない。その地域でもアイヌ語が他の北海道地域と同様に行われていたので、言語が入れ替わったわけでもない。 拙論も幾つかの仮定・仮説の上に成り立っているが、現在の知見から見て最も妥当なものと考えている。他の仮説は、もっと多くの仮説を導入しなければならない、というほどの意味で。。。 それで、「アイヌ語が縄文語を色濃く遺しているのではないか」、との前提が出来るのです。 |