狭霧考 |
先代旧事本紀には、このあと、大山祇神(と野椎神?)の子として、「天狭霧神」と「国狭霧神」が出てきますが、これは古事記にも出てくるので、古事記の方で再度カバーします。
また、開闢一番の神様の名前を分解しただけに見えるこれらの子神の存在も理解に苦しみますが、「狭霧」の意義探索の旅としては、不問に付します。
上記のように、「狭霧」や「霧」へのコダワリというか、重要視が感じられます。
アイヌの天空観に関して、「アイヌの世界観」(山田孝子著、講談社)に、 天の構成が述べられていて、幾つかの伝承がある中、一説では、
・最高の天 | ・雲間の高い天 | ・星居の天 | ・下の天 | ・霧の天 |
アイヌは天空を6の階層からなっていると考え、最上界の創造主の住む天、 次が狭霧の住む天、次いで星の住む天、などとしているそうです。 |
なお、イザナギ・イザナミが国生みをする段になっても、
その方法が判らなかったときに、「セキレイ」(鳥)の動きを見て、その方法を
覚った、と言う話がありますが、同様の話がアイヌにもあるそうです。
★(日本の民話#3神々の物語、瀬川拓男ほか、角川文庫、p20)
そんな事などから「狭霧」もアイヌ語で解いてみようか、と思うわけです。
地名アイヌ語小辞典、知里真志保著、によりますと、
sa | (1)(山に対して)浜、(2)(奥、後に対して)前 (3)(屋内では、壁際に対して)炉端 |
kir | (1)足、脚 (2)骨髄 (3)(ビホロ方言)山 |
こうなると、大山祇神の子どもに「狭霧神」(<前山の神)が居るのも辻褄が合うように思えます。そして、天狭霧神の娘である、遠津待根神、の子供に「遠津山岬タラシ神」が居るのも「山・岬」と「サ・キリ」=「前の山」≒「崎・岬」と因縁が付きます。
地名アイヌ語小辞典では「キリ」に「山」の意味があるとしていますが、どうも確からしい例が見つからずに困っております。
地図から拾ってみたものを下記します。やはり、アイヌ語である可能性の高い北海道から調べました。実は、読み方が判らず、「キリ」と読み得るもの、しか集められませんでした。ご存知の方々のご援助を頂きたいところです。
雲霧山: | 網走・紋別・白滝 | |
霧里 : | 釧路・白糠・音別 | これは「ムリ」と読むようです。無理でした。(*^^*) |
霧立 : | 留萌・苫前 | |
錐立山: | 留萌・苫前 | |
霧多布: | 釧路・厚岸・浜中 | タップ=肩、∴霧多布=?山の肩。永田方正「蝦夷語地名解」p359では、Ki ta-p と採録しており「茅を刈る処」としている。 |
東北地方に行くと:
一切山: | 青森・下北・東通 |
桐内 : | 岩手・九戸・山形 |
耳切山: | 岩手・東磐井・大東 |
霧立山: | 岩手・本吉・唐桑 他 |
また、関東にも、
岩切、穴切、桐の城山、犬切 |
面白いものが静岡県で見つかりました。
切山 : | 静岡・東賀茂・足助 |
霧山 : | 同上 |
佐切 : | 同上 |
つまり、霧山とサキリのセットがありました。
こうやってゆくと、南九州の「霧島」とか「霧岳」なども「キリ=山」から理解する 方が、気象の霧、から考えるよりも普遍性がありそうに思えます。また、「山犬切」 という変わった山名(熊本・八代・泉/球磨・水上境)とか「鳥の霧山」(宮崎・ 東臼杵・椎葉)なども和語で解釈しようとする時の不自然さがありません。
花切山: | 宮崎市 |
花立山: | 宮崎・南那珂・北郷(花切山から約8km) |
鼻切峠: | 宮崎・都城/鹿児島・曽於・松山の堺 |
花立 : | 鹿児島・曽於・有明(鼻切峠から約20km) |
大花山: | 山形・西置賜・小国(これを、花キリ、と考える) |
花立 : | 新潟・岩船・荒川(大花山から約20km) |
花山村: | 宮城・栗原(これを、花キリ、と考える) |
花立峠: | 宮城/山形県境 |
こんなセットが見つかり、「キリ」と「タチ、または、タテ」が、なんらかの概念での、対立・対比出来そうな気がします。(「山」を「キリ」と読んで考えて見てください。)
★実は、これは、古事記では、大山祇神の子とされる「天/国の狭土神」と「天/国の狭霧神」との対比(親子?兄弟?)に参考になりそうなので、大変に興味深いものがあります。(なお、「狭土」は日本書紀では開闢三神の一つとして「狭槌」とか「狭立」と表記されていますので神話の「土:霧」=「立:霧」とこれら地名の「立:切」などの対比が注目されるのです。)
上述の通り、「キリ」を「山」と考えると、和語では理解の出来ない/しにくい、 幾つかの神名、地名、の意味や相関が見えてくるように思えますが如何でしょうか。