「筑紫」に掛かる枕詞に「しらぬひ」がある。「語義およびかかり方未詳」とされている。これに就いて考える。
『時代別国語大辞典上代編』より
「しらぬひ」[白縫]枕詞。筑紫にかかるが、語義およびかかり方未詳。(用例として)「斯羅農比・・」「之良奴日・・」「白縫・・」【考】(比、日、縫ひ、の)ヒは甲類であるが、火のヒは乙類であるから、不知火の意ではあるまい。シルを領知する、ヒを霊魂の意として「領らぬ霊憑く」の意でツクシにかかるとする説は、注目される。
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この辞典が「不知火の意ではあるまい」とするのは、肥前国風土記に出てくる次の説話に基づいて「シラヌヒ」を「不知火」と理解する論説があるのであろうか、それには難がある、と指摘しているものだろう。
肥前国風土記総記より・要旨
景行天皇がクマソを平定して筑紫国を巡回するとき、・・火の国に向かった。夜、到着地点が判らなかった(判らなくなった)。突然火の光が遙か行く手に見えた。そこで「火に向かって進め」と云って、陸地に着いた。そして「火の燃える所は何という国か。また、燃える火は誰の火か」と問うた。現地の人曰く、「ここは、火の国八代の郡の火の村である。但し、火の主は知らない」。天皇曰く、「これは人の火ではない」
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確かに「縫ふ」の連用形「縫ひ」の「ひ」、また、「比」、「日」は甲類であり意味としては「日、霊、氷」などを指す。一方、「火、肥」は乙類の「ひ」だ。なるほど「シラヌヒ」を「不知火」と解するのは無理だ。
「不知火」の検討:肥前国風土記とアイヌ語
例によって、アイヌ語でも考えてみる。最初に語、としての検討をする。
sir=山、nuy=燃える、があり シリヌィに近い発音が得られる。これが原点で、これを「シラヌヒ」と採取したか、と先ず発想した。あるいは前半には「sirar=岩、大きな石(石垣にするような)、海辺の岩」を宛てるのがふさわしいか。更に、または「sir にはあたりの様子を示す機能があり sir-pirika 天気が良い、sir-mata 冬になる」、などと使われる。「sir-nuy で(辺りが)燃えている」という語形があり得そうだ。『萱野茂のアイヌ語辞典』では「sir-uhuy あたり・燃える で火事(になる)」という語を上げてあり、これ自身をシラヌヒと比較してみることもできそうだし、sir-nuy という語形があり得る根拠としても良いだろう。
次いで、説話の内容について検討する。アイヌで「火の姥神」ape huchi kamuyは最高位の神だ。誰の火だか判らない、という不思議な火を「不知火」と書くと「フチ・火(ape)」が連想される。「人の火に非ず」ということで、これは火神の火、火姥の火、だったのではないか、ということを考えている。
などと考えてみたのだが「不知火」という漢字表記は記紀や風土記に使われているものではない。肥前国風土記にも「シラヌヒ」という語を創造したくなるような説話はあるが、そういう語があるわけでもない。「不知火」という宛字の古さを検討しないと、上のような考察をしてみても意味がない。
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「シラヌヒ」と「筑紫」の関係
次に、それでは筑紫の枕詞たる由縁は何であろうか。これは日本語内部に答えがあるのではないだろうか。即ち、『古事記』にはイザナギ・イザナミの国生みで「次に、筑紫島を生んだ。・・筑紫国は白日別と謂い・・・」とある。「白日筑紫」が「シラヌヒ筑紫」と転じているのではないのだろうか。(じゃぁ、「白日」は何だ、とか「筑紫」の意味は、とか、「ヌ」は何だ、というのは別の問題、ということにする。「筑紫島」は chuk-sir 秋・島ではないか、という試論を出したことがある。)
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