出雲・爾佐の加志能為社 箕と御井 |
出雲風土記嶋根郡条に掲載されている神社(出雲神社リストはこちら)に「爾佐加志能為(にさのかしのゐ)社」がある。岩波本の頭注には「千酌の北、島根村野波の野井の氏神社に合祀。旧社地は野井沖の加志島という。」とある。
この名称(爾佐加志能為)に興味を持っていたが、今まで肥前風土記杵島郡条に述べられる「船のカシ(船をつなぎ止める杭)の穴から冷たい水が自然に湧き出た」ということから「カシ」と「湧水、井戸」の関連がうかがわれるに過ぎなかった。(参照アラレフル) 最近神奈備HPさんのBBSで話題になっている「御井神、木俣神」などのことを考えていたところ、本件(爾佐加志能為)との関わりが見えてきたので報告したい。また、「箕と御井」も参照。 アイヌ語 nisa には「太い木の空洞、うろ」という意味がある。「木俣」という文字を見て私は今まで幹なり枝なりの分岐する所をイメージしていた。しかし、太い木の幹の根本部分に「うろ」があって、両側に樹肉、樹皮があるような場合にも「木股」と表現し得ることに気が付いた。参考サイト:空洞の写真 そうなるとオホナムチを木俣から救う(古事記)モチーフ、八上比賣が生んだ子を木の俣に刺し挟んだ、その子を「木俣神」という(古事記)モチーフ、そして、神武紀の「オモノキ(母木)」伝承と相まって、太い木の空洞が木俣として母の懐(女陰)に擬されていることがうかがえる。 「木俣神」については、亦の名を「御井神」という(古事記)ともある。本名と異名がどういう関係にあるのか判っていなかった。これが解けたように思う。 すなわち「木俣」は女陰の比喩であり、女陰を意味するアイヌ語は幾つかあるが、その一つに chi-puy(直訳:陰部の穴)がある。一方、井戸、泉を表すアイヌ語は sir-puy (直訳:山の穴)である(実際は音便で simpuyとなる)。 つまり 日本語では、どうにも「木俣」と「御井」がつながらなかったが、ここにアイヌ語を援用してみると非常に近い音で語呂合わせ、訛伝、の痕跡が見えだのではなかろうか。 既述のようにアイヌ語 nisa が太い木の空洞(うろ)を意味し、「爾佐の加志の為神社」の「為」は「ヰ」であり、「井」を示し得るし、カシが井戸、泉に因むことを考え合わせれば、爾佐がアイヌ語(実は縄文語) nisa を意味している可能性が非常に高いものと考えられる。 さて、爾佐神社という神社もある。ここの祭神は「都久津美神」他である。この神名は「ツククミ」と読まれ、所在地である千酌(チクミ)の語源とさる。出雲風土記は「だから、(この地は)ツクツミと云うべき所、人はチクミと云うのみ」と書いている。 ツクツミの意味は定っていないようだが、「月祇」であろうと想像することが可能だ。水野佑著『入門・古風土記(下)』でも「月祇の義、月読命と同格の神」としている。そうだとすると、ここから数段にわたる数段論法が可能となる、すなわち:
淡道、については、 「淡」の「アハ」は、apa=戸、であり、難産の時に apa kus! apa kus! (戸を通れ)と叫ぶ風習からも女陰を指し示していることが明らかだ。また、po-apa で(直訳:子・戸)は子宮を意味する。「道」については、ru(=道)あたりからの翻訳と考えておく。要するに 淡道 は apa-ru あたりに原点があって、産道、の意味合いと考えられる。 田村辞典: 【名】[植物] 木の空洞(「うどっぽの木」、「うどっぽ」)。nisa sam un sinusinu kor an ニサ サムン シヌシヌ コラン [比愉]「うどっぽ] (空洞)の木のそばへ寄っていく=(子どもが)甘えて母親のところへだかれようとすり寄って行く。〔W〕〔知分類 p.279〕{E: a hollow in a tree.} このような比喩があるということは、木の空洞を母になぞらえることが出来る証左であろう。 |