泄謨觚と柄渠觚

orig: 97/07/04
rev : 97/09/13
rev2: 98/02/10


魏志倭人伝に出てくる伊都国の副官の名前に「泄謨觚」と「柄渠觚」があります。本稿では、この二つ目の名称、「柄渠觚」、の「非・日本語性」を指摘してみたいと思います。

時代が下りますが奈良朝時代の日本語には母音が8個あって、ゆるやかながら、ある種の母音は別種の母音と仲が良かったり、悪かったりします。つまり単語を構成するのに際し、ある種の音はある種の他の音と共存しないのです。これらの種類は便宜上、甲類と乙類に分類されています。

そこで、上記2つの名前の甲乙を調べてみました。甲乙の分類は、平凡社世界大百科辞典「カナ」の項にある「上古の表音文字一覧表」を参照しました。

泄謨觚」:

    」は「セ」か「シ」でしょうが、いずれの音も、甲乙の分別はされていません。

    」は日本書紀で「モ」に使われています。日本書紀では、「モ」に関して甲乙の分別をして居ませんが古事記では「毛」が甲類、「母」が乙類の「モ」の字になっています。下表から、謨は甲類のようにも推定出来ますが不明として置きます。

    」自体の用例が記紀・万葉には無いようなので、学研の漢和大字典によって、上古音・中古音が「觚」と同音で推移している字を探すと、「孤」がみつかります。「孤」は甲類に分類されているので、「觚」も「コ(甲類)」と考えて良いことになります。

    それで、この名前の甲乙の分布は、「無し・甲?・甲」となり、まぁ、問題有りません。

柄渠觚」:
    」は手元の表音文字一覧表には出てこないのですが、この字の上古・中古音を見ると、甲類である「平」と同じ母音になっていますので、「柄」を甲類と推定してよさそうです。

    」は日本書紀にも使われている字で「コ(乙類)」です。

    」は上に述べた通り「コ(甲類)」です。

    つまり、この名前の甲乙の分布は、「甲・乙・甲」となります。

なんで、こんな作業をしたかと言いますと、有坂秀世の研究に「甲類のオ列音と乙類のオ列音は、同一結合単位内に共存することがない」と言う法則があり、それに照らして見たかったからです。「セモコ」はまぁ、この法則に合格しますが、「ヘココ(?)」の方は法則に合いません。


各漢字の上古・中古音を、藤堂明保編「漢和字典」(学研)にあたってみます。
甲乙上古音中古音備考
無しsiatsiεt
無しthiadshiεi
不明magmo (mbo)模と同音
mOgmau (mbau)
mu∂gm∂u (mb∂u)
(甲)kuagko孤から甲と推定
giaggio
kuagko参考例
kagko参考例
ki∂gkiei参考例
kiagkio参考例
(甲)piangpi∧ng平から甲と推定
biangbi∧ng参考例
perpei参考例

「ヘココ(?)」が有坂法則に合わない、ということは何を意味するのでしょうか。

    有坂の研究は、記紀・万葉(及びその前後?)の範囲であって、魏志倭人伝までカバーするものではない、からでしょうか。 ま、彼の研究が記紀・万葉の範囲であった、のかも知れませんが、それならそれで、なぜ魏志倭人伝まで拡張応用できないのでしょうか。奈良時代の日本語と魏志倭人伝が伝える時代の伊都国で行われていた言語が違っていたから、法則に合わないのではないでしょうか。

魏志倭人伝の「倭人語」は日本語である、という説を散見しますが、この小論によって「ちょっと待てよ」と考えてくださる方が出れば幸せです。

別稿にて「卑弥呼」はヒミコではなく「ヒミホ」と読むべきではないか、との提起をしております。


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