「ニホ(ニフ、丹生)」を考える
ORIG: 2011/08
REV:2019/02/20 Link Update

「ニホ」という語を考えている。「ニホドリ」は鳥の名として今の「かいつぶり」のことである、とされている。

「ニホドリ」は万葉集にも幾つか現れている、下に収集してある。
また「丹後風土記・残欠」にも次の記事がある。

【爾保(にほ)崎と名付ける所以は、昔、日子坐王、勅を奉じて土蜘蛛を逐いはらう時に、持っていた裸の剣が塩水に触れて錆びた。そこへ、ニホ(鳥)が並び飛んで来て、その剣に貫き通されて死んだ。これにより、錆が消えてもとに戻った。それで、その地を爾保と云う。(以下五行虫食い)】


「にほ」と言う語を考えている途次に
『「にほふ」の語源と万葉集3791番の「丹穂之為」の訓釈について』竹生政資、西晃央(佐賀大学)という論文を見つけた。

同論文

この論文では「にほふ」の語源が「荷負(おほ)ふ」であることを提案している。
根拠には「うるほふ(潤う:潤ひ負(おほ)ふ)」「きほふ(競う:気負(おほ)ふ)」などを参照するとともに
「丹覆」を「に・おほふ」と読むことの分析がある。

更に万葉集では「にほ」に「牛留」あるいは「留牛馬」という漢字を宛てていることから
「荷負う」のイメージ〜連想を指摘している。

大筋では大変興味深い提案だと思うが、2,3指摘しておきたい。

1.「にほふ」の原義が「荷負う」であるとして、
 その「荷」とは「目立つ雰囲気(色彩や香など)」で、
 「負う」とは「回りに背負っている(漂わせている)」と
 解するのだが、どうも釈然としない。

ここの「に」は「荷」ではなく「土」である、と考えるのが良くはないか。時代別国語大辞典上代編によると:

 「に【土・丹】(1)(用例を略す)(2)赤色の顔料。赤土。辰砂(硫化水銀)や鉛丹(酸化鉛)を含む赤土が、顔料として使われたため、その顔料としての赤土をいい、また赤色そのものをもいう。(用例を略す)→そほ」

 とある。

すなわち「にほふ」は「土(に)負(おほ)ふ」に原点を求めうる、としたい。

蛇足:
(1)古語の「負(お)ふ」は現代の「帯びる」に通じているごとくであって「荷物を背負う」というイメージのみならず、諸種の状態を「帯びている」ことも表しうる。

(2)播磨国風土記に下記があり「土を負う」というモチーフがある。 https://dai3gen.net/harima.htm

「はに岡の里:生野、大川内、湯川、粟鹿川内、波自加の村
土質は下の下(耕作に不適)。はに岡、というのは昔、大汝命(オホナムヂ)と小比古尼命(スクナヒコネ)が相争って言うには『「はに(土)」を荷物として遠くへ担いで行くのと、糞をしないで遠くへ行くのとどっちが勝つか』。
オホナムヂが糞を我慢することになり、スクナヒコネが「はに」の荷を担いで行くことになった。
そうして数日(歩いて行った)経った。オホナムヂは「もう我慢出来ない」と糞をした。スクナヒコネは笑って「実に苦しい」と言って荷物を投げ出した。それで(ここを)はに岡という。また、小竹(笹)が糞を弾き上げて衣に付いたので、ハジカの里、という」


2.更にこの論文は鳥名の「にほ」(カイツブリ)について言及する。略述すると、「にほ鳥」というなら「色鮮やかな鳥」を意味するのであろうがカイツブリは「色鮮やか」ではない、だから「にほ鳥=カイツブリ」は正しくないかも知れない、今後の検討課題である、とする。

この指摘は「にほ鳥」の「にほ」は「色鮮やか」であることを前提として、果たしてそれが「カイツブリ」であるかどうかを検討すべき、としている。

私は、「にほ鳥」の「にほ」と「にほふ」の「にほ」が同じ事である、というのは証明(考証)されていない事であり吟味が必要だと思う(*)。「にほふ鳥」とか「にほひ鳥」ならまだしも「にほ鳥」というように「語根」だけで名称になるであろうか。「にほ鳥」の「にほ」は「にほひ」とは別に考えるべきかもしれない。

今のところ「にほ鳥」の「にほ」の「に」が「土、赤土、赤色」であるかと考える;この場合に「ほ」は新味はないが「秀」であろうか。

(*)例えばカイツブリの一種では背中が青色である、というので、 あたかも青土を背に負っている、つまり、「に(土)負ふ」と理解され「にほ」に縮約された、とか。(ここで、青色、というのが不具合かもしれないが、「に」は単に「土」の意味もあり必ずしも色を問わないであろう。また、「あをによし奈良の都・・・」の「あをに」も「青+赤」ではなく「青土」と考えられている。)

参考: http://www3.famille.ne.jp/~ochi/bird/kaitsuburi-1.html

「カイツブリ」の(現代)方言は:
http://www.asahi-net.or.jp/~SG4H-HRIZ/dic/kaituburi/kaituburi.html
抜粋「みを、みよ、みよう、にお(福島)、みやう、みよ、みよう(千葉)」あたりに「語感」を研ぎすますよすががありそう。 「・・・、とび、・・・(愛媛)」は珍しい語例だ;「そび」と同語と考えるか。


上に:
時代別国語大辞典上代編によると:
「に【土・丹】(1)土(用例を略す)(2)赤色の顔料。赤土。辰砂(硫化水銀)や鉛丹(酸化鉛)を含む赤土が、顔料として使われたため、その顔料としての赤土をいい、また赤色そのものをもいう。(用例を略す)→そほ
 と書いた。

3.ここの「そほ」について一言:
同辞典で:そほ【朱】赤土。朱色の顔料。辰砂のことともいう。(以下略)

さて「そほ」は三国史記の百済地名に
「赤鳥縣 もと百済の 所比浦縣」という記事があり「赤鳥=所比」が導出できる、また類似の高句麗地名(*)も合わせて強い興味を惹く。
https://dai3gen.net/kgkaku107.htm

今「赤ショウビン」なる名称の赤い鳥が認められるのがこれであろうと考えている(記紀では「そび」)

(*)
赤城縣 本高句麗沙伏忽:城=忽だから赤=沙伏が引き出せる(板橋41)
丹松縣本高句麗赤木鎮:丹=赤、松=木 
 [118赤木縣(一云沙非斤乙)] 
 板橋#41は「沙非斤・乙」と区切って「赤・木」と取る。
 私論では「沙非・斤乙」と区切って「赤=沙非=サヒ」


「にほ」とは「カイツブリ」のことである、という枠内で「カイツブリ」のアイヌ語を調べておく。『分類アイヌ語辞典(動物編)』知里真志保著より抜粋:

357 カイツブリ
(1) peko-cikap:[peko(日本語 べこ=牛)cikap=鳥。鳴き声が牛のそれと似ているので]
(2) noo [<鳴声]
(3) raripe-cikax [rar-ipe-cikap(水にくぐり・食事する・鳥)]

アイヌが「のー」と聞き取ったカイツブリの鳴き声を日本人は「にほ」と聞き為したか???

ここに「牛」が出てきたのは、上記万葉集の「にほ」に対する用字「留牛」を思い出して何かの暗合か、と興味深い。。

「牛の鳴き声」の方言地図がある;『日本言語地図』(国立国語研究所) これには: UNBOO, NNBOO, NBOO など興味あるデータが含まれている(北陸地方のようだ)。

「にほ」の古代発音は NI-PO であるからなるほど牛の鳴き声のオノマトペア(擬音語)という見方もできそうだ。


「にほ」を考えるにあたり「丹生(にふ)」を調べておこう。

ここの「ふ」は時代別国語大辞典上代編によると:

 ふ【生】草木が生え茂ったり物を産したりする場所。接尾語的に用いることが多い。

用例として:粟生、茅生、丹生、埴生、まめふ、むぐらふ、麻(を)ふなどが挙げられている。同辞典には書いていないが当然「おふ(生ふ)」と関係する語であろう。「おふ」には「生う」以外にも「負う」「覆う」「追う」の意味がある。

従って「にふ」は「に(赤土)」を産出する場所、であろう。
ここまでの段階では「にふ」と「にほ」を関連づけることはできない、と思う。

文献(播磨国風土記)には「丹生都比売命」「爾保都比売命」が見られ「にふつ」「にほつ」の違いは揺れの範囲であり、同一神(人)を表しているようでもある。また文献(神武紀)には「丹敷戸畔」も登場し、しばしば「にしき・とべ」と読まれるが「敷」は「ふ」とも読まれるので「丹敷」も「にふ」と読むのかもしれない。


「にほ」の用例:

丹後風土記残欠:(再掲) 【爾保崎と名付ける所以は、昔、日子坐王、勅を奉じて土蜘蛛を逐いはらう時に、持っていた裸の剣が塩水に触れて錆びた。そこへ、ニホ(鳥)が並び飛んで来て、その剣に貫き通されて死んだ。これにより、錆が消えてもとに戻った。それで、その地を爾保と云う。以下五行虫食い】

https://dai3gen.net/tango.htm

「ニホ」は次のような漢字で表されている:

播磨国風土記逸文:爾保都比売神

    万葉集:(「にほふ」の活用形を除く=「にほどり」のみ抽出)

    03/0443C/33 つつじはな   茵花
    03/0443C/34 にほへるきみが 香君之
    03/0443C/35 にほとりの   牛留鳥
    03/0443C/36 なづさひこむと 名津匝來与

    04/0725/1 にほどりの    二寶鳥乃
    04/0725/2 かづくいけみづ  潜池水

    05/0794C/25 にほどりの   尓保鳥能
    05/0794C/26 ふたりならびゐ 布多利那良●為
    05/0794C/27 かたらひし   加多良比斯

    11/2492/1 おもひにし    念
    11/2492/2 あまりにしかば  餘者
    11/2492/3 にほどりの    丹穂鳥
    11/2492/4 なづさひこしを  足沾來
    11/2492/5 ひとみけむかも  人見鴨

    12/2947V3/3 にほどりの   尓保鳥之
    12/2947V3/4 なづさひこしを 奈津柴比來乎
    12/2947V3/5 ひとみけむかも 人見鴨

    14/3386/1 にほどりの    尓保杼里能
    14/3386/2 かづしかわせを  可豆思加和世乎
    14/3386/3 にへすとも    尓倍須登毛
    14/3386/4 そのかなしきを  曽能可奈之伎乎
    14/3386/5 とにたてめやも  刀尓多弖米也母

    15/3627C/41 にほどりの   柔保等里能
    15/3627C/42 なづさひゆけば 奈豆左比由氣婆

    18/4106C/45 にほどりの   尓保騰里能
    18/4106C/46 ふたりならびゐ 布多理雙坐
    18/4106C/47 なごのうみの  那呉能宇美能
    18/4106C/48 おきをふかめて 於支乎布可米天
    18/4106C/49 さどはせる   左度波世流

    20/4458/1 にほどりの    尓保杼里乃
    20/4458/2 おきながかはは  於吉奈我河波半
    20/4458/3 たえぬとも    多延奴等母
    20/4458/4 きみにかたらむ  伎美尓可多良武
    20/4458/5 ことつきめやも  己等都奇米也母

「にほ(鳥)」とは「カイツブリ」のことである、ということから
「H.Hiraizumi's Birding Page」
 http://www.asahi-net.or.jp/~SG4H-HRIZ/dic/bird50.html を参照して「カイツブリ」の方言を見てみる。まずリストを引用してきて私のコメントを下に続ける。

らでふみ、どんくぐり、てでふみ、けやつぶり(青森)、ばかがも、びんむし、めう、ふくべがも、きやつつぶれ、きやつぶり、きやつつ、かわくま、かわきじ、かねうちどり、かけず、いつぱいがも(岩手)、かいつむり(岩手、富山、福井、神奈川、大阪、奈良、滋賀、兵庫、和歌山、岡山、愛媛、山口)、いつちよう、みよんさい、みらさい、みやうさい(新潟)、かいつ(大阪、兵庫、奈良、和歌山、岡山、島根、福井、愛媛)、づんぶり、みづくぐり、にのむく、かいつぶれ、かいつるべ(富山)、むぐつちよ(茨城、千葉、埼玉、群馬、神奈川)、べとこ、ばん、ちがばち、かわきじ、かにがも(秋田)、むぐり(北海道、青森、岩手、山形、栃木、千葉)、もくちよう、みよつこ、みようこ(山形)、もぐり(北海道、岩手、富山、千葉)、いつちようもぐり、かわがらす、みようちん(静岡)、もぐりつちよ(埼玉、熊本、山梨)、もぐつちよ(栃木、千葉)、かいつー、かいつぐろ、きやつぐり、けいつー、けいつぐり、けつくぐり、けつぐり、けーづくさん、けづくり、けつぶろ、けつぶる、けーつぐろ、けーつぐり(福岡)、かいつくり、かいつぐり、きあつぐし、きやつくり、きやつぐり、きやつぶり、きやーつんぶ、けーつくり、けつんぐり(熊本)、かいつるべ、つぶり、つぶろ、ずぼり、すぶりんこう、かわつふせ、かわつろ、かわつぶろう、かわだにゆう、かいこぐり、ひようたんどり、みづくぐり、みづもぐり(広島)、つつぶりこ、けつぶり、けつんぼ、けつんぼう、けつほんぼ、かいがね、けつん(鹿児島)、いきようんどり、いしよふくま(奄美)、かわつつぶり、つつぶりこう、けつんほー(種子島)、いつちようつぶり、いつちようもぐり、いつちよつぶり、みよ(神奈川)、あとあし、つどり(宮城)、みを、みよ、みよう、にお(福島)、みやう、みよ、みよう(千葉)、きんきじ(茨城)、みよーきん(山梨)、みよしぎ、みよとり、うよめ(長野)、むつぐりつちよ、きんきち、かいつぼー、かいにう(鳥取)、づんぶり、かいつぼ、みづくぐり(島根)、みよ、ぐよめ(岐阜)、まごた(和歌山)、かなつぼ、かいつるべ、およめ、ちやんぶくろ、みづくぐり(愛知)、にこつべ(三重)、うよめ、うぢよろ、かいつるべ、ちかんぶくろ、ちぼ、ちようたんこ、へじろ、じよう、じお、じろ(大阪)、かやつんぶり、かいつぶれ、かいつんぼう、かいつんぶり、かいつむぎ(奈良)、かいつんむり、かいつぶろ、かいつ、かえつ、かえつぶり(兵庫)、うわめ、おんばんてやき、かいちぶろ、つぶり、かいつぶろ、かつごろう、とび、どようどり(愛媛)、いちつぶり、いつつぶり(高知)、いつちよう、いつちよつぶり(徳島)、けーつ(岡山)、けづ、けづくろ(宮崎)、きやつぶり、けーつう、けゑつぶり(大分)、みようさい(北海道)、うやかんば(富山)、けいつぶり(福岡)

●めう(岩手)、みよ(神奈川)、みを、みよ、みよう、にお(福島)、みやう、みよ、みよう(千葉):これらは「にほ」からの音転であることが明瞭であろう。

●じよう、じお、じろ(大阪):これらも「にほ」からの音転であろう。「にほ」の「に」が「じ」になっているのが目を惹く。「にっぽん」→「じばんぐ」:すなわち「に」に「j」音要素が内在したことを伺わせる。

●「つちよ」という音列が11例、「つつ」が7例ある:これらは神武記の「あめ・つつ」という鳥名と「つつ」が共通しており、鳥名の特徴のようである。アイヌ語の tutut が「ハト・ハチドリ」を示すというのも興味がある。こうしてみると「つつ」とは首を前後することに基づく擬態語かもしれない。

●「カイツブリ」の「カイ」が色々に変化している:「きや、けい、け、けゑ」など。

●「ツブリ」:「つぶろ、つぐろ、つぐり、つくり」など。

●べとこ(秋田):別記したように「カイツブリ」のことをアイヌ語では peko-cikap:[peko(日本語 べこ=牛)cikap=鳥](知里)という。また沙流方言辞典(田村)では「コペッ kopet【他動】 [ko-petと一緒に・水にぬれる] (?)が水にぬれる、(水鳥が)水を切る」とあり、アイヌ語方言辞典(服部)では kopeca を鴨としてあげている。

●漢字(漢語)で「にほ」のことは  ペキ  テイ と書く。アイヌ語の peko-cikap の「peko」と「ペキ」の類似は偶然か。

●「つぶり」の部分が「くぐり(6例)」として「潜る(くぐる、もぐり)」と解され、さらに「もぐり(5例)」とも云われている。


上記のように:
竹生政資、西晃央(佐賀大学)氏の提案は

 「にほふ」の語源が「荷負(おほ)ふ」であること

小生のヴァリエーションは:
  ここの「に」は「荷」ではなく「土」である、と考えるのが良くはないか。すなわち「土(埴)を負う」とした。

ここで古事記・出雲国譲りの段の最後の方の記事に注目しておく。
すなわち:
 櫛八玉神は鵜になって海底に入り底の「波邇(はに)=埴=土」を咋い(喰い)出して・・・

 ここでこの鳥は「鵜」であると書かれている。これが「カイツブリ、ニホ」だと決定的なのだが惜しい。しかし注目に値しよう。


妄想編:

・にほ みほ は同語か(新旧?)
 三保、三保津姫、など・・・
 丹生、丹生津姫、など・・・

 みよしの:によしの(土・吉野){あをによし=青土良し}
  ひみほ:ひにほ (卑弥呼)
  ひみを:ひにを?

・「に」「み」通用例:
 にほどり:みほどり(美保杼理、応神記)
 にら(新):みら(旧) (韮)
 にな(新):みな(旧) (蜷)
 にさんざい:みさんざい (新しい語かも)
 には(庭):みや(宮) (不確か)


本稿は 2011/08に 私のBBS に投稿したものに手を加えたものである。

「スサナキ」考
「スサナキ」考・2(ウスタキ)
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