「ニホ」という語を考えている。「ニホドリ」は鳥の名として今の「かいつぶり」のことである、とされている。
「ニホドリ」は万葉集にも幾つか現れている、下に収集してある。 【爾保(にほ)崎と名付ける所以は、昔、日子坐王、勅を奉じて土蜘蛛を逐いはらう時に、持っていた裸の剣が塩水に触れて錆びた。そこへ、ニホ(鳥)が並び飛んで来て、その剣に貫き通されて死んだ。これにより、錆が消えてもとに戻った。それで、その地を爾保と云う。(以下五行虫食い)】 「にほ」と言う語を考えている途次に 『「にほふ」の語源と万葉集3791番の「丹穂之為」の訓釈について』竹生政資、西晃央(佐賀大学)という論文を見つけた。
この論文では「にほふ」の語源が「荷負(おほ)ふ」であることを提案している。
更に万葉集では「にほ」に「牛留」あるいは「留牛馬」という漢字を宛てていることから 大筋では大変興味深い提案だと思うが、2,3指摘しておきたい。
1.「にほふ」の原義が「荷負う」であるとして、 ここの「に」は「荷」ではなく「土」である、と考えるのが良くはないか。時代別国語大辞典上代編によると:
とある。 すなわち「にほふ」は「土(に)負(おほ)ふ」に原点を求めうる、としたい。
蛇足: (2)播磨国風土記に下記があり「土を負う」というモチーフがある。 https://dai3gen.net/harima.htm
「はに岡の里:生野、大川内、湯川、粟鹿川内、波自加の村 2.更にこの論文は鳥名の「にほ」(カイツブリ)について言及する。略述すると、「にほ鳥」というなら「色鮮やかな鳥」を意味するのであろうがカイツブリは「色鮮やか」ではない、だから「にほ鳥=カイツブリ」は正しくないかも知れない、今後の検討課題である、とする。 この指摘は「にほ鳥」の「にほ」は「色鮮やか」であることを前提として、果たしてそれが「カイツブリ」であるかどうかを検討すべき、としている。 私は、「にほ鳥」の「にほ」と「にほふ」の「にほ」が同じ事である、というのは証明(考証)されていない事であり吟味が必要だと思う(*)。「にほふ鳥」とか「にほひ鳥」ならまだしも「にほ鳥」というように「語根」だけで名称になるであろうか。「にほ鳥」の「にほ」は「にほひ」とは別に考えるべきかもしれない。 今のところ「にほ鳥」の「にほ」の「に」が「土、赤土、赤色」であるかと考える;この場合に「ほ」は新味はないが「秀」であろうか。 (*)例えばカイツブリの一種では背中が青色である、というので、 あたかも青土を背に負っている、つまり、「に(土)負ふ」と理解され「にほ」に縮約された、とか。(ここで、青色、というのが不具合かもしれないが、「に」は単に「土」の意味もあり必ずしも色を問わないであろう。また、「あをによし奈良の都・・・」の「あをに」も「青+赤」ではなく「青土」と考えられている。) 参考: http://www3.famille.ne.jp/~ochi/bird/kaitsuburi-1.html
「カイツブリ」の(現代)方言は: 上に: 時代別国語大辞典上代編によると: 「に【土・丹】(1)土(用例を略す)(2)赤色の顔料。赤土。辰砂(硫化水銀)や鉛丹(酸化鉛)を含む赤土が、顔料として使われたため、その顔料としての赤土をいい、また赤色そのものをもいう。(用例を略す)→そほ と書いた。
3.ここの「そほ」について一言:
さて「そほ」は三国史記の百済地名に 今「赤ショウビン」なる名称の赤い鳥が認められるのがこれであろうと考えている(記紀では「そび」)
(*) 「にほ」とは「カイツブリ」のことである、という枠内で「カイツブリ」のアイヌ語を調べておく。『分類アイヌ語辞典(動物編)』知里真志保著より抜粋:
357 カイツブリ アイヌが「のー」と聞き取ったカイツブリの鳴き声を日本人は「にほ」と聞き為したか??? ここに「牛」が出てきたのは、上記万葉集の「にほ」に対する用字「留牛」を思い出して何かの暗合か、と興味深い。。 「牛の鳴き声」の方言地図がある;『日本言語地図』(国立国語研究所) これには: UNBOO, NNBOO, NBOO など興味あるデータが含まれている(北陸地方のようだ)。 「にほ」の古代発音は NI-PO であるからなるほど牛の鳴き声のオノマトペア(擬音語)という見方もできそうだ。 「にほ」を考えるにあたり「丹生(にふ)」を調べておこう。 ここの「ふ」は時代別国語大辞典上代編によると: ふ【生】草木が生え茂ったり物を産したりする場所。接尾語的に用いることが多い。 用例として:粟生、茅生、丹生、埴生、まめふ、むぐらふ、麻(を)ふなどが挙げられている。同辞典には書いていないが当然「おふ(生ふ)」と関係する語であろう。「おふ」には「生う」以外にも「負う」「覆う」「追う」の意味がある。
従って「にふ」は「に(赤土)」を産出する場所、であろう。 文献(播磨国風土記)には「丹生都比売命」「爾保都比売命」が見られ「にふつ」「にほつ」の違いは揺れの範囲であり、同一神(人)を表しているようでもある。また文献(神武紀)には「丹敷戸畔」も登場し、しばしば「にしき・とべ」と読まれるが「敷」は「ふ」とも読まれるので「丹敷」も「にふ」と読むのかもしれない。 「にほ」の用例: 丹後風土記残欠:(再掲) 【爾保崎と名付ける所以は、昔、日子坐王、勅を奉じて土蜘蛛を逐いはらう時に、持っていた裸の剣が塩水に触れて錆びた。そこへ、ニホ(鳥)が並び飛んで来て、その剣に貫き通されて死んだ。これにより、錆が消えてもとに戻った。それで、その地を爾保と云う。以下五行虫食い】 https://dai3gen.net/tango.htm 「ニホ」は次のような漢字で表されている: 播磨国風土記逸文:爾保都比売神 万葉集:(「にほふ」の活用形を除く=「にほどり」のみ抽出) 03/0443C/33 つつじはな 茵花 03/0443C/34 にほへるきみが 香君之 03/0443C/35 にほとりの 牛留鳥 03/0443C/36 なづさひこむと 名津匝來与 04/0725/1 にほどりの 二寶鳥乃 04/0725/2 かづくいけみづ 潜池水 05/0794C/25 にほどりの 尓保鳥能 05/0794C/26 ふたりならびゐ 布多利那良●為 05/0794C/27 かたらひし 加多良比斯 11/2492/1 おもひにし 念 11/2492/2 あまりにしかば 餘者 11/2492/3 にほどりの 丹穂鳥 11/2492/4 なづさひこしを 足沾來 11/2492/5 ひとみけむかも 人見鴨 12/2947V3/3 にほどりの 尓保鳥之 12/2947V3/4 なづさひこしを 奈津柴比來乎 12/2947V3/5 ひとみけむかも 人見鴨 14/3386/1 にほどりの 尓保杼里能 14/3386/2 かづしかわせを 可豆思加和世乎 14/3386/3 にへすとも 尓倍須登毛 14/3386/4 そのかなしきを 曽能可奈之伎乎 14/3386/5 とにたてめやも 刀尓多弖米也母 15/3627C/41 にほどりの 柔保等里能 15/3627C/42 なづさひゆけば 奈豆左比由氣婆 18/4106C/45 にほどりの 尓保騰里能 18/4106C/46 ふたりならびゐ 布多理雙坐 18/4106C/47 なごのうみの 那呉能宇美能 18/4106C/48 おきをふかめて 於支乎布可米天 18/4106C/49 さどはせる 左度波世流 20/4458/1 にほどりの 尓保杼里乃 20/4458/2 おきながかはは 於吉奈我河波半 20/4458/3 たえぬとも 多延奴等母 20/4458/4 きみにかたらむ 伎美尓可多良武 20/4458/5 ことつきめやも 己等都奇米也母 「にほ(鳥)」とは「カイツブリ」のことである、ということから 「H.Hiraizumi's Birding Page」 http://www.asahi-net.or.jp/~SG4H-HRIZ/dic/bird50.html を参照して「カイツブリ」の方言を見てみる。まずリストを引用してきて私のコメントを下に続ける。 らでふみ、どんくぐり、てでふみ、けやつぶり(青森)、ばかがも、びんむし、めう、ふくべがも、きやつつぶれ、きやつぶり、きやつつ、かわくま、かわきじ、かねうちどり、かけず、いつぱいがも(岩手)、かいつむり(岩手、富山、福井、神奈川、大阪、奈良、滋賀、兵庫、和歌山、岡山、愛媛、山口)、いつちよう、みよんさい、みらさい、みやうさい(新潟)、かいつ(大阪、兵庫、奈良、和歌山、岡山、島根、福井、愛媛)、づんぶり、みづくぐり、にのむく、かいつぶれ、かいつるべ(富山)、むぐつちよ(茨城、千葉、埼玉、群馬、神奈川)、べとこ、ばん、ちがばち、かわきじ、かにがも(秋田)、むぐり(北海道、青森、岩手、山形、栃木、千葉)、もくちよう、みよつこ、みようこ(山形)、もぐり(北海道、岩手、富山、千葉)、いつちようもぐり、かわがらす、みようちん(静岡)、もぐりつちよ(埼玉、熊本、山梨)、もぐつちよ(栃木、千葉)、かいつー、かいつぐろ、きやつぐり、けいつー、けいつぐり、けつくぐり、けつぐり、けーづくさん、けづくり、けつぶろ、けつぶる、けーつぐろ、けーつぐり(福岡)、かいつくり、かいつぐり、きあつぐし、きやつくり、きやつぐり、きやつぶり、きやーつんぶ、けーつくり、けつんぐり(熊本)、かいつるべ、つぶり、つぶろ、ずぼり、すぶりんこう、かわつふせ、かわつろ、かわつぶろう、かわだにゆう、かいこぐり、ひようたんどり、みづくぐり、みづもぐり(広島)、つつぶりこ、けつぶり、けつんぼ、けつんぼう、けつほんぼ、かいがね、けつん(鹿児島)、いきようんどり、いしよふくま(奄美)、かわつつぶり、つつぶりこう、けつんほー(種子島)、いつちようつぶり、いつちようもぐり、いつちよつぶり、みよ(神奈川)、あとあし、つどり(宮城)、みを、みよ、みよう、にお(福島)、みやう、みよ、みよう(千葉)、きんきじ(茨城)、みよーきん(山梨)、みよしぎ、みよとり、うよめ(長野)、むつぐりつちよ、きんきち、かいつぼー、かいにう(鳥取)、づんぶり、かいつぼ、みづくぐり(島根)、みよ、ぐよめ(岐阜)、まごた(和歌山)、かなつぼ、かいつるべ、およめ、ちやんぶくろ、みづくぐり(愛知)、にこつべ(三重)、うよめ、うぢよろ、かいつるべ、ちかんぶくろ、ちぼ、ちようたんこ、へじろ、じよう、じお、じろ(大阪)、かやつんぶり、かいつぶれ、かいつんぼう、かいつんぶり、かいつむぎ(奈良)、かいつんむり、かいつぶろ、かいつ、かえつ、かえつぶり(兵庫)、うわめ、おんばんてやき、かいちぶろ、つぶり、かいつぶろ、かつごろう、とび、どようどり(愛媛)、いちつぶり、いつつぶり(高知)、いつちよう、いつちよつぶり(徳島)、けーつ(岡山)、けづ、けづくろ(宮崎)、きやつぶり、けーつう、けゑつぶり(大分)、みようさい(北海道)、うやかんば(富山)、けいつぶり(福岡) ●めう(岩手)、みよ(神奈川)、みを、みよ、みよう、にお(福島)、みやう、みよ、みよう(千葉):これらは「にほ」からの音転であることが明瞭であろう。 ●じよう、じお、じろ(大阪):これらも「にほ」からの音転であろう。「にほ」の「に」が「じ」になっているのが目を惹く。「にっぽん」→「じばんぐ」:すなわち「に」に「j」音要素が内在したことを伺わせる。 ●「つちよ」という音列が11例、「つつ」が7例ある:これらは神武記の「あめ・つつ」という鳥名と「つつ」が共通しており、鳥名の特徴のようである。アイヌ語の tutut が「ハト・ハチドリ」を示すというのも興味がある。こうしてみると「つつ」とは首を前後することに基づく擬態語かもしれない。 ●「カイツブリ」の「カイ」が色々に変化している:「きや、けい、け、けゑ」など。 ●「ツブリ」:「つぶろ、つぐろ、つぐり、つくり」など。 ●べとこ(秋田):別記したように「カイツブリ」のことをアイヌ語では peko-cikap:[peko(日本語 べこ=牛)cikap=鳥](知里)という。また沙流方言辞典(田村)では「コペッ kopet【他動】 [ko-petと一緒に・水にぬれる] (?)が水にぬれる、(水鳥が)水を切る」とあり、アイヌ語方言辞典(服部)では kopeca を鴨としてあげている。 ●漢字(漢語)で「にほ」のことは ペキ テイ と書く。アイヌ語の peko-cikap の「peko」と「ペキ」の類似は偶然か。 ●「つぶり」の部分が「くぐり(6例)」として「潜る(くぐる、もぐり)」と解され、さらに「もぐり(5例)」とも云われている。 上記のように: 竹生政資、西晃央(佐賀大学)氏の提案は 「にほふ」の語源が「荷負(おほ)ふ」であること
小生のヴァリエーションは:
ここで古事記・出雲国譲りの段の最後の方の記事に注目しておく。 ここでこの鳥は「鵜」であると書かれている。これが「カイツブリ、ニホ」だと決定的なのだが惜しい。しかし注目に値しよう。 妄想編:
・にほ みほ は同語か(新旧?)
みよしの:によしの(土・吉野){あをによし=青土良し}
・「に」「み」通用例: |
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本稿は 2011/08に 私のBBS に投稿したものに手を加えたものである。 |