クラゲなす漂へる・考

orig: 2001/04/17

古事記の冒頭、開闢三神を述べた後に

「次に国稚くして浮きし脂の如くして、クラゲナス漂えるの時、葦牙の如くに萌え騰がる物に因りて成れる神の名、ウマシアシカビヒコヂ神」

という記述がある。 この記事のモチーフ、キーワードを対応するアイヌ語(縄文語の後裔言語と考えている)で示す。

古事記アイヌ語備考
漂うrur ko suye海・上・浮
浮くpuspus=穂、でもある
kirpu 
くらげatuy etor直訳:海の鼻汁。humpe etorとも。また、tonru (chep)とも。
萌えるe-toy-oposo直訳:それが・土から・くぐりぬける
萌えるe-toy-opospa上記の複数形(主語が複数か、動作が複数=繰り返される)
葦牙sarki-keni葦の芽
葦牙sarki-pus葦の穂(但しpusとは「突き出たもの」が原義であり、「穂」に限らない。「芽」もありうる。(参考:分類・植物P136)
宇摩志kera-an/kera-pirkaウマシアシカビ

さて、アイヌ語で考えるとどのようなことになるであろうか。まず第一に、「くらげ」と「萌え出る」の対比が面白い。即ち、atuy etor と e-tuy oposo の前半である。次いで「葦牙」を sarki-pus と解いてみると、「浮く」pus の意味に通じている事が見られる。こうすると、脂の kirpu と 葦牙 sarki pus の一部とも合調しているように見る事ができる。「萌え出る」に含まれる opospa の中にも pus (浮く、穂)のモチーフにつながる音がある。更に、ウマシ(味が良い) kera pirka に含まれる近似音 kirpu (脂)も挙げられよう。

さて、上記のように縄文語で語られたのであろうか、と思われるこの開闢伝承のアイヌ版を見てみよう。更科源蔵の「アイヌの神話」(p10)では、1857年に夕張川筋を探検した松浦武四郎の『夕張日誌』にある土地の古老の伝承を引いている。既に抄文だが、更にその一部を引用する。「・・・往古未だ国土と云物なき時、青海原に浮油の如き物有。その気燃立る如く炎々と上がりて空となり、濁れるものは凝て島根となり・・・」

また、瀬川拓男『日本の民話3・神々の物語』のp19で「・・見渡す限り果てしないどろの海であった。陸地となるべきものは、むなしくその中を漂うていた・・・」と収録している。

はて、古事記の物語を近世に和人がアイヌに伝えたものを採集してしまったものだろうか、それとも、アイヌも日本も古くから似たような伝承を共有していたものであろうか。

それに就いては、上記のようにアイヌ語を援用して縄文語バージョンの復元を試みると日本版では失われていた語調が復活することから、太古からの共有、と考えるものである。

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