ミトコンドリアDNAの可能性と限界・8
再び、アイヌと琉球人の遺伝的距離
orig: 2001/10/24
ver2: 2001/10/28
rev3: 2002/01/30 訂正

第6で、アイヌと琉球人の遺伝的距離、について述べた。この内容は宝来さんの以前の研究に基づいたもので、その範囲で観察されたことの一つは、

「アイヌと琉球人の間には共通パターンがない」

というものだった。これはNHK出版から1999に発行された『驚異の小宇宙・人体III 遺伝子DNA』にも紹介されている。これにより、宝来さんは『DNA人類進化学』p112で「アイヌと琉球人の集団が分岐したのは約12,000年前だとすると、弥生時代移民が起こり始めた頃にアイヌと琉球人を含む単一の縄文人集団が存在したとは考えにくい」とした。

ところが、2001に発行された『日本人はるかな旅1』には、アイヌ、琉球人、他が共通に持っているパターンというのが2種類も挙げられている。つまり、1999時点での結論、即ちアイヌと琉球人は12,000年は離れている、は根拠を失っているのだ。

また、佐賀医科大学の篠田謙一さんが茨城県の中妻貝塚から出た縄文人骨29個体の塩基配列を調べたところ、9種類の塩基配列があって、その内の少なくとも2種類はアイヌと沖縄人(と他とも)が共有していた、という結果が出た。これは『日本人はるかな旅1』(NHK出版)p144-に出ている。即ち、アイヌ、琉球人、縄文人に共通なDNAパターンがある、ということだ。

つまり、前から書いているように、サンプル数が少ない現状では、一つでも例があれば「何かが有る」ということは云えようが、見つかっていないことが「何かが無い、無さそうだ」という事にはとてもならないのだ。見つからなかったことに基づいて何か結論をだすには、余程多くのサンプルを集めないといけないのだ。

『日本人はるかな旅1』p144-の記述を表にしてみる。宝来さんは縄文人のミトコンドリアDNA塩基配列を6種類決定した。篠田さんは新たに9種類を決定して、現在では、縄文人の塩基配列15種類が判っている。これらを便宜的に#1〜15と番号を付ける。これらの縄文人の塩基配列と同じ配列を持った人々の集団が見つかっている場合に○、あるいは、サンプル数を記入した。

配列5,6,7,8,11,13は今のところ縄文人にしか見つかっていない。それで下表には含めていない。

研究者アイヌ本土人琉球人
篠田  アフリカ人
宝来(+篠田?)韓国、カザフ、ウイグル、ブリヤート・モンゴル、インドなど
宝来多数の欧州人
宝来   インドネシア2
篠田   ブリヤート・モンゴル2、モンゴル2
10篠田   
12篠田   台湾の漢族1
14宝来   
15宝来   
NHKスペシャルでは以前「驚異の小宇宙・人体III 遺伝子DNA」で宝来さんの研究を紹介して、あたかもアイヌと琉球人の距離(その時判明していたのは塩基数の違いが最小でも1あった)が遠く、アイヌとアンデス住民(塩基数の差は2)が近いような印象を与えていた。今回、篠田さんのデータを使いながら、前言の訂正は未見だ。性急に結論めいたことを放送するのはいかがなものか。

更に最近の「日本人はるかな旅」放映では、上表の一例に過ぎないブリヤートを縄文人の源だ、と印象付けようとしている。その根拠の一つと読めるのは、同名の本のp43では

「そして驚いたことに、縄文人29体中実に17体がシベリア平原に暮らすブリヤート人と一致したのである。・・・ブリヤート人との異常な頻度の高さは何を物語るのであろうか」

とあることだ。データの読み方が全く間違っている!この縄文人29体とは篠田さんが研究した中妻貝塚から出た集団のサンプル数で、篠田さんの「DNA分析と形態データによる中妻貝塚出土人骨の血縁関係の分析」にあるように、この集団は血縁集団の性格が強い。ことに、ブリヤート人と同一のパターンをもっている17人、という数が強調されているが、パターンの種類は一つなのだ(上表の#9)。即ち、ブリヤートに子孫を残した原母の女系子孫が中妻に来ていて、彼女らの子孫のうち17体が見つかって分析された、ということなのだ。

他の母系、例えば配列3は沖縄人7、本土日本人1、アイヌ1と共通していた、という。サンプル数が少ない現状では、この配列を持っていた人数から頻度を云々すべきではなかろう。そういう配列がある、ということが重要なのだ。そして、例えば琉球、本土、アイヌに共通な配列の種類数が多ければ、それだけ多数、多様な母系が、この三地域で共通だ、ということから立論すべきだろう。

このように、中妻のデータは大変重要なデータだが、サンプル数の点からも、質(種類の数)の点からも、「頻度」を云々出来るようなデータではないのだ。

中妻で見つかった母系の数は9だ。その内の一つは確かにブリヤートと共有する母系だ。逆にいえば、他の8つの母系はブリヤートとの関係は見つかっていないのだ。

オモシロイ番組を作ってくれるが、どうも信頼できない。

目次
ミトコンドリアDNAは何を教えてくれるか?
はじめにミトコンドリアとは?
D-ループ遺伝に関わらないMtDNAの一部
利点と弱点MtDNAによる系統研究の弱点
何が判ったのか落ち着いて考えよう
12,000年の意味あくまでも平均である
追補:アイヌと琉球人の遺伝的距離触れられない事実
再び、アイヌと琉球人の遺伝的距離12,000年以上離れているは虚
三種類の縄文人?何を意味するのか?
クラスター分類の読み方何を意味するのか?

たけ(tk)氏の「ミトコンドリアDNA研究」の紹介
ミトコンドリア関係リンク

日本語とアイヌ語;それらの縄文語、渡来語、弥生語との関連模式図
アイヌ語と縄文語の関係(人類学の知見)
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